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・2008年度52号ジャンプ感想 ネメシスQの正体についての考察

超ギリギリ(場所によっては既にアウト)ですが、今週は何とか更新できました。掲載順の最下位を爆走していたバリハケンが、ついに終わりを迎えました。なんだかんだ言って、これまでで随分と楽しませてくれたように思います。最近多くのマンガで主要キャラが死亡していっている気がするのですがジャンプ自体が死なないかどうかが心配です。今回は、個人的に好きなサイレンについての考察を盛り込んでみました。■■■■■■■バクマン。赤マルジャンプでの対決はちょっと予想外でしたが物語は大体予想通りの方向に向かっていくようです。面白いな・・・ 僕たちのはネームから何百回って読んでるから面白いのかどうかもうわからないいや、俺達の方が面白いよ赤マルで直接対決して、新妻エイジにわずかながらの差で負ける。そしてサイコーたちの作品が新妻エイジの目にとまり、彼の嫌いな作品となる。サイコーたちと新妻エイジがジャンプで共に連載を始め新妻エイジの言う「気に入らない連載を一つ終らせる権利」という伏線に入っていくわけですね。■■■■■■■トリコこれまではまだバトル漫画とは言いきれない感じの流れだったトリコですがついに完全にバトル漫画化したと言える描写が出てきました。まさか、これほどまで某テニスマンガと重なるコマが出てくるとは・・・そういえばリーガルマンモスを完全に忘れている気がするのですが一体いつ出てくるのでしょうか。■■■■■■■アイシールド21これはもう、終るどころの話じゃないですね。しかしこの現状以上にインフレが起こるとしたら、今度はもう・・・セナがムキムキになることくらいしか思いつきません。日本選抜の話なのですが、予想通り一瞬でバイオレンスが登場しました。そしてそのバイオレンスを1人で止める進さん。峨王と阿含の攻撃を、両方とも片手で止める進さん。そういえば、泥門が数人掛かりで止めに行って結局止めることができなかった大和をなんと1人で止めているという進さん。もう、進さんが最強選手で良いような気がしてきました。■■■■■■■PSYREN-サイレン-ついにネメシスQとアゲハが接触しました。未だに謎だらけのネメシスQですが、今回はその正体について少々考察してみます。1.ネメシスQはPSIエネルギーの塊である →ネメシスQを作った人物は、相当なPSI使いであると考えられる。2.ネメシスQはワイズの計画を阻止しようとしている →ネメシスQを作った人物は、ワイズに真っ向から対立しようとしている。3.ネメシスQを作った人物は、その肉体が時空転移に耐えることが出来ない →ネメシスQを作った人物は、心臓等の障害もしくは老体等であることが考えられる。4.ネメシスQを作った人物は、その声がどうも女であるらしい自分が重要だと思う点は、以上の4点です。そして今現在で、これらの条件に当てはまりそうな人物といえば・・・・・・どうすれば・・・どうすればあの悪夢を回避できるんじゃ・・・?天樹院エルモアではないだろうか?と、考えたのですが・・・残念ながら大きな穴がありました。5.ネメシスQは世界の崩壊の10年後に作られた →エルモアは世界の崩壊の前に死亡している(らしい)。つまりネメシスQが作られた(と思われる)時代には、エルモアは生きては居ない(と思われる)。これを覆すためには、(と思われる)という仮定が誤りであったという事実が出てくるかもしくはエルモアのヴィジョンズが、何年後の世界で起こったことであるかが分かるものであるか。このようなことが必要となります。結局ネメシスQの正体は分かりませんでしたが、エルモアの能力だという線が濃厚な気がします。■■■■■■■いぬまるだしっ幼稚園は面白ければいいんだ面白いからかよう 当たり前だここでまさかのバクマンパロ。■■■■■■■HUNTER×HUNTERじゃあな今のこいつなら、殺られてもいいか・・・って思っちまってるモラウに死亡フラグがビンビンですが・・・ちょっと前に復活したノヴによって助けられる、と予想してみます。■■■■■■■バリハケン数々の伝説を残してきたバリハケンが・・・ついに終わりを迎えました。9割の人の予想通り、団吾がヲタバレしてヤンキーとヲタが仲良くなって、すっきりとした終り方をしました。コラァ 御宅田テメェきたねぇぞ フフフ火讐殿勝負に綺麗も汚いもないですぞアイテムいただきぃ みんなケンカはやめてよぉまあ、この最後のコマを見る限りでは・・・ヤンキーたちがオタク化しただけにしか見えません。良く見ると、覇権組の看板に「萌え」という単語がくっ付いています。■■■■■■■さて・・・新連載が3つ、次号予告に載りました。ムヒョロジの西先生には期待しているのですが残り2つのスポーツマンガ、特に黒子のバスケは・・・絵を見る限り全く期待できないように思われます。しかしそれでも期待してしまうのは・・・未だにジャンプを離れられない人間の悲しい性ってやつでしょうか。参考記事:2008年度50号ジャンプ感想 冷静と情熱の笛吹2008年度49号ジャンプ感想 3つの物語の終焉2008年度48号ジャンプ感想 バクマンの岩瀬が可愛い件

・三十三間堂

三十三間堂 通し矢   京都市右京区  正式名称は蓮華王院という。その本堂が三十三間堂である。本堂の柱間数が三十三もある長大な建物になっている。中央須弥壇上の中尊千手観音座像(国宝)の左右に500体ずづ安置された千手観音像群(重文)はよく知られ、有名な観音二十八部衆像(国宝)や風神・雷神像(国宝)もこの中に安置されている。この寺で行われているのが「通し矢」である。 <「通し矢」射場> 江戸期、尾張・紀州両藩による通し矢「天下一」争奪戦は民衆の評判となった。縁側の柱や軒に残る鉄板は、雨あられと飛んでくる矢からお堂を守るために徳川三代将軍家光が付加したしたものです。  西縁の南端から北端へ、一昼夜24時間、矢を射つづけるという「大矢数」(おおやかず)は身命を賭けた凄絶な競技で、江戸時代を通じて、約八百人がこれに挑み、時々のおもいをのせて放たれた矢数も延べ百万本に達すると伝えられる。毎年正月(15日に近い日曜日・無料公開)には、この古儀に因む弓道大会が行われ、全国から約二千人が参加し終日、賑わう。 <三十三間堂建築のひみつ>  三十三間堂は、1164年、後白河上皇が千一体の観音像を安置する仏堂を発願し、平清盛により建立された。1249年、大火により焼失。1266年、後嵯峨上皇により再建され、現在に至っている。 三十三間堂は長大な建築であるにもかかわらず、爾来、四度の大修理があったものの800年近く現在の美しく荘重な形を保っている。これは建築史上でも特筆すべき事である。三十三間堂(蓮華王院)が建立された院政期は、その時代の特徴の一つとして院庁である御所の造営をはじめ、寺社の大規模な土木工事を行ったことである。 京都には、当時、白河院発願の法勝寺の蓮華蔵院(九体阿弥陀堂)や80m級の八角九重塔、鳥羽上皇の勝光明院や得長寿院(千体観音堂)など衆人が瞠目する大建築が甍(いらか)をならべ聳えていたという。  しかし、これらの堂塔はわりあい短命で、地震、火災等でそのほとんどが姿を消してしまった。そのような反省から、時の工匠たちは、天災を恐れて強固な建築工法を工夫した。先の蓮華蔵院や得長寿院を手本とした三十三間堂には工法上、基礎となる地盤は砂と粘土を何重にも層状に重ねて地下震動を吸収する「版築」が用いられ、構造材である柱や長押しは、揺れが生じることを予測した構架になり、板壁も板木を横にもちいた羽目板として土壁面積を極力少なくするなど種々な工夫が施されている。 <法然塔(名号石)>(上左画像) 元久元年(1204)3月、時の土御門天皇が当院で後白河法皇の13回忌を行った際、請いをうけた法然上人が音曲に秀でた僧を伴って「六時礼讃」という法要を修した。この碑は、その遺蹟として「法然上人霊場」にも数えられ、いまも参拝する方々がある。上人は”浄土の経文”を書写し、参集した人々にも紙を分け与えて念仏・写経を勧めたといわれている。刻まれた「六字の名号」は温雅で素朴ながらも力強く、数多の法難を乗り越えて念仏に専修した上人の人柄が偲ばれる。 <後白河上皇院政庁「法住寺殿」址碑>(上右画像) 法住寺殿は、保元3年(1158)8月、その皇子・二条天皇に譲位して上皇となった後白河院が約30年にわたり院政(上皇が天皇に代わって政権運営をする特異な政治形態)を行った政庁です。上皇になると天皇の住まう御所とは別の所に専用の”院御所”を造営するするのが通例で、先例の白河・鳥羽の両帝に続き、その度に大規模な土木工事が行われた。後白河院は譲位直後に御所の造営に着手、東山の麓から西は鴨川河岸まで、南北は八条坊門小路(現・東海道線南・大谷高校辺)から六条大路(現・六条通り)に及ぶ広大な地域で、その地名を取り「法住寺殿」と名付けた。構内は政治的な施設の「北殿」と”常の御所”と呼ぶ住居に三十三間堂をはじめとする宗教的堂塔が集中した「南殿」に分かれ、東山を背にする丘陵に地中から湧き出たような大建築が甍を並べたという。  永暦2年(1161)4月、月明かりの夜に、上皇はここに移り以後20年住まいとする。しかし、賑わいをみせた院の御所も、寿永2年(1183)11月、対立するようになった木曽義仲の夜襲にあい焼失した。800年の昔に変わらぬ姿でこの場所に伝承されてきた三十三間堂は、その時代をしのぶ稀有の物証といえる <夜泣せん>(せん=酉+泉)(上左画像) お堂創建の翌年(1165)6月の7日、ひとりの堂僧が夢のお告げにより発見したという霊泉で「古今著聞集」には「いつも冷たく美味しくて飲んでもお腹を痛めることのない”極楽井”でどんなに汲んでも尽きず、汲まない時も余ることのない不思議な泉だ。」と記されている。 夜のしじまに水の湧き出す音が人の”すすり泣き”に似ることから”夜泣き”せんと言われるようになり、いつの頃からか傍らに地蔵尊が奉られて、特に幼児の「夜泣き封じ」に功徳があるとして地蔵さまの「前掛け」を持ち帰り子供の枕に敷けば”夜泣き”が治るとされ、今もそのご利益を求める参拝が続いている。 <南大門と太閤塀>(重要文化財・桃山時代)(上右画像)  南大門は三間一戸の八脚門で、豊臣秀吉が文禄4年(1595)に造立した大仏殿方広寺(現・国立博物館一帯)の南門として築いたものと伝える。それに続く築地塀は高さ5.3m、長さ92mの堂々たる建造物で、瓦に太閤桐の文様を用いることから「太閤塀」と通称され、ともに桃山気風にあふれた遺構です。  京都市観光文化情報システム  蓮華王院 三十三間堂  三十三間堂 - Wikipedia

・等持院

等持院 足利氏の菩提所   京都市北区  万年山と号する臨済宗天龍寺派の寺院である。 もと仁和寺の一院であったが、南北朝時代の暦応4年(1341)に足利尊氏が夢窓国師(むそうこくし)(夢窓疎石)を開山として中興し、足利氏の菩提寺である中京区三条高倉の等持寺の別院とした。延文3年(1358)に尊氏がこの寺に葬られると、その法名をとって等持院と改められ、その後、本寺である等持寺を統合した。 足利氏の菩提所にふさわしく、堂塔伽藍は衣笠山麓に威容を誇ったが、長禄年間(1457〜60)以来、しばしば火災に遭って荒廃した。現在の建物は江戸時代・文政年間(1818〜30)の建立である。 方丈は、元和2年(1616)に福島正則が建立した妙心寺海福院の方丈を移建したものと伝えられ、霊光殿には尊氏の念持仏といわれる利運地蔵像を安置し、左右の壇上には足利各将軍と徳川家康の木像を安置する。  境内には尊氏の墓と伝える高さ五尺の宝筐印塔のほか、夢窓国師の作庭といわれる東の心字池と芙蓉池を中心とした池泉回遊式庭園、足利義政好みと伝えられる茶室清蓮亭などがある。 <方丈>  後水尾天皇元和2年(1616)福島正則が妙心寺塔頭海福院の方丈として建立せしものを文政元年(1818)当寺へ移転再建されたものです。襖絵もその当時のもので狩野興以の代表作品です。廊下は鴬張りといわれている。    <芙蓉池>  この庭園は、天龍寺の曹源池と共に夢窓国師の名作の一つです。池全体の形が蓮形の形をなし、中の島は、蓬莱島と申します。 <心字池>  夢窓国師作。中央大小二つの島で亀島です。室町時代の代表的なものです。最下段の灯籠は、等持院形として有名である。  京都市観光文化情報システム  夢窓疎石 - Wikipedia  そうだ 京都、行こう。

・赤ちゃん誕生後

無事に出産を終え、一安心。しかも日付変わってすぐの出産だったので、入院時間も微妙に長めらしく。同じ日に産んだ人でも、夜出産の人は、翌朝からハードな生活が待っているみたいですね。たぶん。私は2時間程分娩ベッドで休んだ後、いよいよ部屋選び。というところで、衝撃の事実が…やはり普通の病室は満床とのことかろうじて空いているのは、ちょっと高めの特別室のみ。そうでなければ、いったん陣痛室で一晩過ごし、翌日退院し

・ゴルフコース QE? 〜孤高の奮闘なるか?〜

今日は金曜日。昨日ゴルフに行けなかったので、今日は張り切って朝10:00に家を出動しQE?ゴルフパークへ。20分ほど車を走らせQE?に着いたら、駐車場が結構埋まっていてびっくり。想像以上に人が多い。金曜日とは言えど今日はまだ平日なんですが。。。。みんな仕事し...

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